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「都市化」と「都市計画」日本でも古くは平城・平安の都から様々な都市計画が練られてきましたが、近代的な都市計画には、次の三つの要素があるといわれています。
①都市施設の整備②土地利用の規制③市街地開発事業道路、鉄道、港湾、学校、公園、上下水道などが、①の都市施設にあたります。
②の土地利用の規制は、住宅用地、商業用地、工業用地などの区分に従って、より細かな地域ごとの建築規制を行ないます。
③の市街地開発事業というのは、新市街地あるいは既成市街地の再開発において、一定規模の範囲の都市整備を計画的に実行するもので、区画整理事業や都市再開発事業があります。
産業革命以降の急速で大規模な「都市化」によって、「都市計画」の役割は飛躍的に高まりました。
それは、多くの人々が密集して居住し、経済活動を行なう場としての都市には、様々な問題がつきまとうからです。
また基本的に「都市と農村」と対比されるように、都市地域と郊外・田園地帯とをどのように区切るかも重要な問題となっています。
価値観が多様化するなかで、都市計画にも、環境との調和、持続可能性、景観の維持、伝統的なコミュニティーの復活など、様々な要求が寄せられています。
外部経済・不経済前節で、日本の街並みは都市と郊外の境が鮮明ではなく、ヨーロッパに比べるとファミリーは汚いと述べました。
美醜というのは主観的なものですし、切れ目がはっきりしていれば美しいとは限らないかもしれません。
ただし、都市計画による「土地利用の規制」が必要な第一の理由には、「外部経済・不経済」といわれる機能的な問題があります。
外部経済・不経済というのは、例えば「受動喫煙」で煙草を吸っていない周りの人々が煙を吸わされたり(外部不経済の例)、垣根越しのフラワーバスケットが道行く人々に清々しい気分を与えたり(外部経済の例)、ある人の「経済活動」が、当の本人以外の周りの人々に(市場を介さずに直接)様々な効果を及ぼすことです。
これらの例は自分の効用を高める消費活動の場合ですが、生産活動でも外部経済・不経済の効果が多くの場合につきまといます。
土地利用の外部不経済効果の典型的な例は、住宅と工場の混在する地区で生じる騒音や振動の問題です。
住宅と工場が隣接していては、どちらにとっても迷惑なのです。
逆に住宅地域と工業地域を峻別すれば、住宅地域は閑静な場所になって住宅の価値も上がり、工業地域は様々な加工機能や部品供給の集積が「ネットワーク外部性」(外部経済効果の一種)を発揮して「便利な工場地帯」になります。
都市と郊外・農村でも境が鮮明になっていないと、混在による外部不経済が生じます。
業務施設や商業施設を主とした都心部、中高層住宅地域、郊外の一戸建ての住宅地、さらに農業牧畜を中心とした田園地帯の間では、それぞれ高層化に伴う日照権の問題や、農業牧畜による臭気や粉塵問題などが生じます。
都市地域が田園地帯に向かって不規則に入り込んで、スプロール(拡散)的に拡大する時に、このような問題が深刻化します。
第一軍日本の街は、なぜ汚いのか都市施設の整備(公共財の理論)第二に、人々の居住や経済活動が集中する都市地域には、上下水道をはじめとする「インフラ」の整備が欠かせません。
「大草原の小さな家」なら、飲み水は井戸を掘って汲み、トイレは穴を掘って自然浸透式で済むかもしれませんが、都市ではそうはいきません。
基本的に一軒一軒でやっていては非効率ですし、また、すぐに公害問題に発展してしまうでしょう。
産業革命以降の都市化においては、道路・公園・学校・集合住宅などの都市施設、上下水道・電気・ガスなどのライフラインの供給や、バス・鉄道などの大量輸送機関の整備が、一体で進められてきました。
これらの施設・サービスは、程度の差はあれ、いずれも「公共財」としての性質を持っています。
「公共財」というのは、例えば広い道路(一般道)のように、①誰もが利用できて、②利用者の制限ができない、そのような性質を持つ施設(財)やサービス(便益)です。
このような性質を完全に備えた「純粋公共財」の例として、「国防」が挙げられます。
自衛隊の存在が日本にもたらす安心・安全の国防サービスは、すべての国民が享受していて、一部の人を対象から除外することはできません。
このような性質を持つ公共財の供給においては、利用者一人一人から料金を取って、独立採算でやることが、多くの場合きわめて困難で非効率になります。
また民間市場に任せておいては、個々の利用者から十分な料金が取れないために、供給が不十分になるのです。
従って公共財の供給に関しては、費用の全部ないしは一部に税金を充てて、国や公共・公益団体がまとめて供給します。
そのうえで、できるだけ多くの人々に、無料ないしは低廉な料金で利用してもらうことによって、資源の効率的な活用が実現します。
また多くの都市インフラは、国防サービスのような全国規模の「純粋公共財」ではなく、地域限定的な「準公共財」です。
このため都市インフラの供給効率を上げるためには、都市的な土地利用を行なう区域をきちっと区切る必要があります。
それによって多くの人々が集まり居住するところに、インフラ整備の資源を集中できるからです。
以上が、都市と郊外・田園地帯とを区切る必要が生じる第二の理由です。
都市計画に基づく土地利用規制の第一歩は、土地の都市的利用を都市地域に限定することからはじまります。
`第一草日本の衝は、なぜ汚いのか日本的な「都市計画」の特徴明治維新と東京遷都明治時代に本格的な都市計画がスタートしました。
明治元年(一八六八)に江戸が東京と改められ、明治天皇は二度目の行幸以来東京に移り住み、太政官も移転され、東京が首都と見なされるようになりました。
一八七八年に、現在の東京二三区の原型となる「区」が設置されました。
現在の千代田・中央・港・文京・台東の各区と、新宿・墨田・江東の各区の一部を加えた地域に一五区が置かれました。
当時は「区外の地域は品川、内藤新宿、板橋、千住という、かつての四宿とよばれた宿場町を除き、まだ純然たる農村地帯」だったのです。
一五区の範囲は、面積にして現在の二三区のおよそ八分の一でした。
当時の人口は一〇〇万人強でしたので、今日の二三区と比較するとほぼ同じ程度の人口密度となります。
しかしながら江戸時代に行なわれた「町割り」のために、江戸は武家地が約半分、寺社が四57分の一を占め、残りの四分の一程度の町人地に人口の大多数が住んでいました。
今よりはるかに家屋が密集していたのです。
当時の東京は、江戸時代の街並みをそのまま引き継いで、狭い道路に上下水道も普及していない状態でした。
大火や疫病にしばしば見舞われたこのような街並みに、急激な人口流入に伴うスラム街の発生が重なり、公衆衛生上、防災上も、極めて危険な状態にありました。
近代日本の都市計画は、このような状態の「東京」からはじまったのです。
「東京市区改正条例」一八八九年に一五区の範囲で東京市が誕生し、前年に公布された「東京市区改正条例」(一八八八)に定められた都市計画マスタープランに基づく、都市計画事業が開始されます。
東京市区改正事業により、大正時代までに鉄道馬車(のちの路面電車)のレールを敷設するための道路拡幅、上水道整備などが実施されました。
わが国最初の近代的な都市計画であった「東京市区改正条例」は、その後横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市(六大都市)にも準用されていきます。
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